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お雛様

お雛様を昔は私専用のものがあったはずだが、なぜだかいつのまにか母が供養に出してたそうな。お雛様が今更ながら欲しくなる今日この頃ですが、買ったとて保管が大変なので今せっせとひとがた和紙にて作成中です。

 

どうせなら流したいなー。

7段お雛様だったんですが、私はすごく好きでした。自分のものだと言われていたのに、お道具は触ってはいけないと言われてましたしビニールに入れられているお道具もありまして。謎のルールを母が作っていました。

 

うちの祖父がそういう行事には事欠かない人でしたので、従兄弟にすら鯉のぼりをなぜかあげてましたがきっと男の子が欲しかったんでしょうね。

とても周りにもそういう大きなものをポンと買う方でしたので、本当に今も生きてくれてれば我が家はこんなに壊れていないのにななんて事を毎年思う季節になりました。

 

もちろん祖父には悪い面もあったでしょう、言い出したら聞かないし猪突猛進気味でしたが私には甘い祖父でした。坂上がりの練習は根気強くなぜか諦めずにやらせようとする事以外は本当に甘い祖父でした。

俵型のおにぎりを作ってくれて、しかも気持ち小さめ。食いしん坊の私が一気に食べても問題ないサイズでした。すいかの皮の漬物なんかもすごく美味しかったな。

 

祖父は事業をやってましたが、当時では珍しく障害者雇用をしていました。別に普通に会話出来るレベルの方ではありましたが、いつも同じ事で怒られてたしそういう人だという認識でしたから別に差別もなんもない日々を送れた子供時代だったなー。

祖父が他界するまでは。

他界したのが6歳頃だったので、その頃はピンとこず父母だけで暮らすのはいやだなーと。おじいちゃんがいないと毎日つまらない程度の感覚でしたが、ほんと今はほんと痛感しますね。

 

心臓の病でしたから、別段何か手段が現代においてもないかもしれませんがね。

ほんと誰かのせいでなんていう事もないし、比較的人の代わりは(例えば占い労働者)いくらでもいるんだよ!的な感じの価値観を持っているのですが祖父に代わる人は一生現れません。血の繋がりってすごいよね。ほんと。

 

父方の祖父がくれた桃の節句のオルゴールはまだあるんだけど、なんでだかそれだけあるって変な話だよなー。お雛様だけでもしかも祖父が買ってくれたやつが欲しいって言ってももう戻ってこないんだろうが子供が出来たら行事はきちんとやりたいな。